2006年08月25日

子猫殺し、子犬殺し

ニュースで話題になっています。
様々なブログでも取り上げられていますね。
他にも、SOSのお話があるのですが、そちらは目を背けてしまいました…。
何かもういろいろうんざりで。

で、これもウンザリなんですが…。「あほか」と思ったのですが。

ニュースでも話題になっていました。たくさん。
坂東眞砂子とかいう作家の「子猫殺し」「犬殺し」です。
18日の日経新聞に「日常的に仔猫を殺している」と載ったそうです。


「言葉」「文章」という作家の武器でもって、いかにも正当で聡明そうに書いてありますが、矛盾だらけ。屁理屈です。
「性」に固執しすぎた上に、生き物の権利がこんがらがっています。
良くもまぁ、こんなことを書いたな、と。
何のために書いたのかと。


「仔猫殺し」はこの作家にとって、苦渋の選択らしいです。
猫の獣としての「生」の充実を選び、社会に対する責任として、飼い主の最も納得する方法である「仔殺し」を選んだそう。
これで、自分の行動が正当化できて、すっきりしたのかしら。

「タヒチ島に野良猫がわんさか」いて、「猫は生きるための手段として、飼い主から餌を貰っている」と理解し、「獣の生の充実」を願うのであれば、この作家が猫を「飼う」必要性はないはず。
それでも赤ん坊の頃から育ててきたから、餌をやりたいというのであれば、
餌だけやっていればいい。
猫は、自由に作家が望むその「生」を謳歌するだろう。

さらに、猫の獣としての「生」を真っ当とさせたいというのであれば、仔猫を殺すという手段でもって、獣の生命を牛耳る権利は、人間には無いはず。
「生まれた子を殺す権利もない」って自分で言ってるやん。

ただ、「権利もない」が、社会に責任は果たさなければいけない。
ここで、「育てられない仔猫は最初から生まないよう手術する」ことも「生まれてすぐの仔猫を殺す」ことも、この作家には同じことなんだそうだ。
だから、飼い主であるこの作家が納得のいく、後者を選んでいるのだと。

確かに、安易に保健所に、飼い犬飼い猫の処分を求める人もたくさんいて、その人たちには「自分で処分できるのか」と言いたくなる時もある。
だからって、『飼えなくなったら、殺しましょう』なわけはない。
それが動物を愛玩動物とし、干渉して来た人間の、現代において、果たすべき責任ではないはず。

「ちゃんと責任を果たしている」とどこかで、コメントしている人もいた。
おぉ〜こわっ! なんという「人間様」よ。
「人間界の人間様のお通りだぁ、どけどけー」てな感じかしらね。

…。
で、百歩譲って作家の主張したいところで、議論してあげるとして、
作家が最も主張したいであろう、獣の「生」の重視なんだけれども、
失笑の嵐ですよ、あなた…。

この作家が考えるのは、「獣の雌にとっての「生」は盛りのついた時に交尾をして、子どもを産むこと」。

だから、その部分だけは行わせて、子どもは殺すってか?
はぁ?!

いやいや、獣にとって、重要なことは、子孫を一匹でも大切に残すこと。子孫を殺される方が、望んでないはず。


…。

金原ひとみの芥川賞受賞作『蛇にピアス』(あ、ちなみにコレも読んじゃいませんよ。小説はほとんど読まない私です…)について、この作家は、「性が痛みと結び付けられて歪んだものに描かれている」と批判したそうだが、
「生」も「性」も歪んで、固執して、凝り固まってしまっているのは、
あんたの方だよ!



◆ 関連記事
Jcastニュース「直木賞作家「犬猫殺し」 批判の嵐拡大」
毎日新聞「子猫殺し:直木賞作家・坂東さんがエッセーで告白」
・LIVING WITH DOGS「<子猫殺し>告白の真意は?」

ニックネーム ai★ai at 02:05| Comment(2) | TrackBack(0) | Pets SOS!! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
気持ちよく言ってくれました。
矛盾だらけで訳の分からないこと書いてますね。
「生」と「性」が同じ発音だからって、イコールじゃないっしょ。
「性」は「生」の一部だけど、この人その区別が付かないみたい。
Posted by 緋佳 at 2006年08月27日 02:09
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【*緋佳さん*】
>「生」と「性」が同じ発音だからって、イコールじゃないっしょ。

ですよね〜、韻を踏めば良いと思っているのでしょうか…。
本当に。
生き物にはそれぞれの「性」やら「生」があるですのにね。。

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Posted by ai★ai at 2006年08月27日 03:02
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